いき》の葉に目口のある、小さいのがふらふら歩行《ある》いて、そのお前様、
[#ここから4字下げ]
(秋谷邸の細道じゃ、
 誰方が見えても……)[#底本では4字下げ]
[#ここで字下げ終わり]
 でござりましょう。人足《ひとあし》が絶えるとなれば、草が生えるばっかりじゃ。ハテ黒門の別宅は是非に及ばぬ。秋谷邸の本家だけは、人足が絶やしとうないものを、どうした時節か知らぬけれど、鶴谷の寿命が来たのか、と喜十郎様は、かさねがさねおつむりが真白《まっしろ》で。おふくろ様も好《い》いお方、おいとしい事でござります。
 おお、おお、つい長話になりまして、そちこち刻限、ああ、可厭《いや》な芋※[#「くさかんむり/更」、160−11]の葉が、唄うて歩行《ある》く時分になりました。」
 と姥は四辺《あたり》を※[#「目+句」、第4水準2−81−91]《みまわ》した。浪の色が蒼くなった。
 寂然《しん》として、果《はて》は目を瞑《つむ》って聞入った旅僧は、夢ならぬ顔を上げて、葭簀《よしず》から街道の前後《あとさき》を視《なが》めたが、日脚を仰ぐまでもない。
「身に染む話に聞惚《ききと》れて、人通りがもう影法師じゃ。世の中には種々《いろいろ》な事がある。お婆さん、お庇《かげ》で沢山《たんと》学問をした、難有《ありがと》う、どれ……」

       十五

「そして、御坊様は、これからどこまで行《ゆ》かっしゃりますよ。」
 包を引寄せる旅僧に連れて、姥《うば》も腰を上げて尋ねると、
「鎌倉は通越して、藤沢まで今日の内に出ようという考えだったが、もう、これじゃ葉山で灯《あかり》が点《つ》こう。
 おお[#「 おお」は底本では「おお」]、そう言や、森戸の松の中に、ちらちらと灯《ひ》が見える。」
「よう御存じでござりますの。」
「まだ俗の中《うち》に知っています。そこで鎌倉を見物にも及ばず、東海道の本筋へ出ようという考えじゃったが、早や遅い。
 修業が足りんで、樹下、石上、野宿も辛し、」
 と打微笑《うちほほえ》み、
「鎌倉まで行《ゆ》きましょうよ。」
「それはそれは、御不都合な、つい話に実が入《い》りまして、まあ、とんだ御足《おみあし》を留めましてござります。」
「いや、どういたして、忝《かたじけな》い。私は尊いお説教を聴問したような心持じゃ。
 何、嘘ではありません。
 見なさる通り、行脚《
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