頭、字で書いても船の頭《かしら》だね。」
と真顔で法師の言うのを聞いて、姥《うば》は、いかさまな、その年少《としわか》で、出家でもしそうな人、とさも憐《あわれ》んだ趣で、
「まあ、お人の好《い》い。なるほど船頭を字に書けば、船の頭でござりましょ。そりゃもう船の頭だけに、極《きま》り処はちゃんと極って、間違いのない事をいたしました。」
「どうしたかね。」
「五人|徒《であい》が賽《さい》の目に並んでおります、真中《まんなか》へ割込んで、まず帆を下ろしたのでござります。」
と莞爾《にっこり》して顔を見る。
いささかもその意を得ないで、
「なぜだろうかね。」
「この追手じゃ、帆があっては、丁と云う間に葉山へ着く。ふわふわと海月《くらげ》泳ぎに、船を浮かせながらゆっくり遣るべい。
その事よ。四海波静かにて、波も動かぬ時津風、枝を鳴らさぬ御代《みよ》なれや、と勿体ない、祝言の小謡《こうたい》を、聞噛《ききかじ》りに謳《うた》う下から、勝負!とそれ、銭《おあし》の取遣《とりや》り。板子の下が地獄なら、上も修羅道《しゅらどう》でござります。」
「船頭も同類かい、何の事じゃ、」
と法師は新《あらた》になみなみとある茶碗を大切そうに両手で持って、苦笑いをするのであった。
「それはお前様、あの徒《てあい》と申しますものは、……まあ、海へ出て岸をば※[#「目+句」、第4水準2−81−91]《みまわ》して御覧《ごろう》じまし。巌《いわ》の窪みはどこもかしこも、賭博《ばくち》の壺《つぼ》に、鰒《あわび》の蓋《ふた》。蟹《かに》の穴でない処は、皆|意銭《あないち》のあとでござります。珍しい事も、不思議な事もないけれど、その時のは、はい、嘉吉に取っては、あやかしが着きましたじゃ。のう、便船《びんせん》しょう、便船しょう、と船を渚《なぎさ》へ引寄せては、巌端《いわばな》から、松の下から、飜然々々《ひらりひらり》と乗りましたのは、魔がさしたのでござりましたよ。」
六
「魅入られたようになりまして、ぐっすり寝込みました嘉吉の奴。浪の音は耳|馴《な》れても、磯近《いそぢか》へ舳《へさき》が廻って、松の風に揺り起され、肌寒うなって目を覚ましますと、そのお前様……体裁《ていたらく》。
山へ上《あが》ったというではなし、たかだか船の中の車座、そんな事は平気な野郎も、酒樽の三番叟《
前へ
次へ
全95ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング