のこそ、膚《はだへ》と云《い》ふより、不躾《ぶしつけ》ながら肉《にく》と言《い》はう。其《その》胸《むね》は、合歡《ねむ》の花《はな》が雫《しづく》しさうにほんのりと露《あらは》である。
藍地《あゐぢ》に紺《こん》の立絞《たてしぼり》の浴衣《ゆかた》を唯《たゞ》一重《ひとへ》、絲《いと》ばかりの紅《くれなゐ》も見《み》せず素膚《すはだ》に着《き》た。襟《えり》をなぞへに膨《ふつく》りと乳《ちゝ》を劃《くぎ》つて、衣《きぬ》が青《あを》い。青《あを》いのが葉《は》に見《み》えて、先刻《さつき》の白《しろ》い花《はな》が俤立《おもかげだ》つ……撫肩《なでがた》をたゆげに落《おと》して、すらりと長《なが》く膝《ひざ》の上《うへ》へ、和々《やは/\》と重量《おもみ》を持《も》たして、二《に》の腕《うで》を撓《しな》やかに抱《だ》いたのが、其《それ》が嬰兒《あかんぼ》で、仰向《あをむ》けに寢《ね》た顏《かほ》へ、白《しろ》い帽子《ばうし》を掛《か》けてある。寢顏《ねがほ》に電燈《でんとう》を厭《いと》つたものであらう。嬰兒《あかんぼ》の顏《かほ》は見《み》えなかつた、だけ其《それ》だけ、懸念《けねん》と云《い》へば懸念《けねん》なので、工學士《こうがくし》が――鯉《こひ》か鼈《すつぽん》か、と云《い》つたのは此《これ》であるが……
此《こ》の媚《なま》めいた胸《むね》のぬしは、顏立《かほだ》ちも際立《きはだ》つて美《うつく》しかつた。鼻筋《はなすぢ》の象牙彫《ざうげぼり》のやうにつんとしたのが難《なん》を言《い》へば強過《つよす》ぎる……かはりには目《め》を恍惚《うつとり》と、何《なに》か物思《ものおも》ふ體《てい》に仰向《あをむ》いた、細面《ほそおも》が引緊《ひきしま》つて、口許《くちもと》とともに人品《じんぴん》を崩《くづ》さないで且《か》つ威《ゐ》がある……其《そ》の顏《かほ》だちが帶《おび》よりも、きりゝと細腰《ほそごし》を緊《し》めて居《ゐ》た。面《おもて》で緊《し》めた姿《すがた》である。皓齒《しらは》の一《ひと》つも莞爾《につこり》と綻《ほころ》びたら、はらりと解《と》けて、帶《おび》も浴衣《ゆかた》も其《そ》のまゝ消《き》えて、膚《はだ》の白《しろ》い色《いろ》が颯《さつ》と簇《むらが》つて咲《さ》かう。霞《かすみ》は花《はな》を包《つゝ》むと云《い》ふが
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