人魚の祠
泉鏡太郎
−−
【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)あの婦人《ふじん》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)六|月《ぐわつ》の末《すゑ》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)追※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]《おひまは》す。
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)はら/\と
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
−−
一
「いまの、あの婦人《ふじん》が抱《だ》いて居《ゐ》た嬰兒《あかんぼ》ですが、鯉《こひ》か、鼈《すつぽん》ででも有《あ》りさうでならないんですがね。」
「…………」
私《わたし》は、默《だま》つて工學士《こうがくし》の其《そ》の顏《かほ》を視《み》た。
「まさかとは思《おも》ひますが。」
赤坂《あかさか》の見附《みつけ》に近《ちか》い、唯《と》ある珈琲店《コオヒイてん》の端近《はしぢか》な卓子《テエブル》で、工學士《こうがくし》は麥酒《ビイル》の硝子杯《コツプ》を控《ひか》へて云《い》つた。
私《わたし》は卷莨《まきたばこ》を點《つ》けながら、
「あゝ、結構《けつこう》。私《わたし》は、それが石地藏《いしぢざう》で、今《いま》のが姑護鳥《うぶめ》でも構《かま》ひません。けれども、それぢや、貴方《あなた》が世間《せけん》へ濟《す》まないでせう。」
六|月《ぐわつ》の末《すゑ》であつた。府下《ふか》澁谷《しぶや》邊《へん》に或《ある》茶話會《さわくわい》があつて、斯《こ》の工學士《こうがくし》が其《そ》の席《せき》に臨《のぞ》むのに、私《わたし》は誘《さそ》はれて一日《あるひ》出向《でむ》いた。
談話《はなし》の聽人《きゝて》は皆《みな》婦人《ふじん》で、綺麗《きれい》な人《ひと》が大分《だいぶ》見《み》えた、と云《い》ふ質《たち》のであるから、羊羹《やうかん》、苺《いちご》、念入《ねんいり》に紫《むらさき》袱紗《ふくさ》で薄茶《うすちや》の饗應《もてなし》まであつたが――辛抱《しんばう》をなさい――酒《さけ》と云《い》ふものは全然《まるで》ない。が、豫《かね》ての覺悟《かくご》である。それがために意地汚《いぢきたな》く、歸途《か
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