へり》に恁《か》うした場所《ばしよ》へ立寄《たちよ》つた次第《しだい》ではない。
 本來《ほんらい》なら其《そ》の席《せき》で、工學士《こうがくし》が話《はな》した或種《あるしゆ》の講述《かうじゆつ》を、こゝに筆記《ひつき》でもした方《はう》が、讀《よ》まるゝ方々《かた/″\》の利益《りえき》なのであらうけれども、それは殊更《ことさら》に御海容《ごかいよう》を願《ねが》ふとして置《お》く。
 實《じつ》は往路《いき》にも同伴立《つれだ》つた。
 指《さ》す方《かた》へ、煉瓦塀《れんぐわべい》板塀《いたべい》續《つゞ》きの細《ほそ》い路《みち》を通《とほ》る、とやがて其《そ》の會場《くわいぢやう》に當《あた》る家《いへ》の生垣《いけがき》で、其處《そこ》で三《み》つの外圍《そとがこひ》が三方《さんぱう》へ岐《わか》れて三辻《みつつじ》に成《な》る……曲角《まがりかど》の窪地《くぼち》で、日蔭《ひかげ》の泥濘《ぬかるみ》の處《ところ》が――空《そら》は曇《くも》つて居《ゐ》た――殘《のこ》ンの雪《ゆき》かと思《おも》ふ、散敷《ちりし》いた花《はな》で眞白《まつしろ》であつた。
 下《した》へ行《ゆ》くと學士《がくし》の背廣《せびろ》が明《あかる》いくらゐ、今《いま》を盛《さかり》と空《そら》に咲《さ》く。枝《えだ》も梢《こずゑ》も撓《たわゝ》に滿《み》ちて、仰向《あをむ》いて見上《みあ》げると屋根《やね》よりは丈《たけ》伸《の》びた樹《き》が、對《つゐ》に並《なら》んで二株《ふたかぶ》あつた。李《すもゝ》の時節《じせつ》でなし、卯木《うつぎ》に非《あら》ず。そして、木犀《もくせい》のやうな甘《あま》い匂《にほひ》が、燻《いぶ》したやうに薫《かを》る。楕圓形《だゑんけい》の葉《は》は、羽状複葉《うじやうふくえふ》と云《い》ふのが眞蒼《まつさを》に上《うへ》から可愛《かはい》い花《はな》をはら/\と包《つゝ》んで、鷺《さぎ》が緑《みどり》なす蓑《みの》を被《かつ》いで、彳《たゝず》みつゝ、颯《さつ》と開《ひら》いて、雙方《さうはう》から翼《つばさ》を交《かは》した、比翼連理《ひよくれんり》の風情《ふぜい》がある。
 私《わたし》は固《もと》よりである。……學士《がくし》にも、此《こ》の香木《かうぼく》の名《な》が分《わか》らなかつた。
 當日《たうじつ》、席《せき》でも聞合
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