十一

 斧《をの》も鑿《のみ》も忘《わす》れたものが、木曾《きそ》、碓氷《うすひ》、寐覚《ねざめ》の床《とこ》も、旅《たび》だか家《うち》だか差別《さべつ》は無《な》い気《き》で、何《なん》の此《こ》の山《やま》や谷《たに》を、神聖《しんせい》な技芸《ぎげい》の天《てん》、芸術《げいじゆつ》の地《ち》と思《おも》はう。
 来《き》て見《み》ぬ内《うち》こそ、峯《みね》は雲《くも》に、谷《たに》は霞《かすみ》に、長《とこしへ》に封《ふう》ぜられて、自分等《じぶんら》、芸術《げいじゆつ》の神《かみ》に渇仰《かつがう》するものが、精進《しやうじん》の鷲《わし》の翼《つばさ》に乗《の》らないでは、杣《そま》山伏《やまぶし》も分入《わけい》る事《こと》は出来《でき》ぬであらう。流《ながれ》には斧《をの》の響《ひゞき》、木《き》の葉《は》には鑿《のみ》の音《おと》、白《しろ》い蝙蝠《かはほり》、赤《あか》い雀《すゞめ》が、麓《ふもと》の里《さと》を彩《いろど》つて、辻堂《つじだう》の中《うち》などは霞《かすみ》が掛《かゝ》つて、花《はな》の彫物《ほりもの》をして居《ゐ》やうとまで、信《しん》じて居《ゐ》たのが、恋《こひ》しい婦《をんな》と一所《いつしよ》に来《き》たゝめ、峯《みね》が雲《くも》に日《ひ》を刻《きざ》み、水《みづ》が谷《たに》に月《つき》を鑿《ほ》つた、大彫刻《だいてうこく》を眺《なが》めても、婦《をんな》が挿《さし》た笄《かんざし》ほども目《め》に着《つ》かないで、温泉宿《をんせんやど》へ泊《とま》つた翌日《よくじつ》、以前《もと》ならば何《なに》よりも前《さき》に、しか/″\の堂《だう》はないか、其《それ》らしい堂守《だうもり》は居《ゐ》まいか、と父《ちゝ》が以前《いぜん》持帰《もちかへ》つた、其《そ》の神秘《しんぴ》な木像《もくざう》の跡《あと》の、心当《こゝろあた》りを捜《さが》す処《ところ》、――気《き》にも掛《か》けないまで忘《わす》れて了《しま》つて、温泉宿《をんせんやど》の亭主《ていしゆ》を呼《よ》んで、先《ま》づ尋《たづ》ねたのが、世《よ》に伝《つた》へた双六谷《すごろくだに》の事《こと》だつた。
「老爺《おぢい》さん。」
と雪枝《ゆきえ》は嗟歎《さたん》して言《い》つた。
 温泉《いでゆ》の町《まち》の、谿流《けいりう》について溯《さかのぼ》ると、双六谷《すごろくだに》と言《い》ふのがある――其処《そこ》に一坐《いちざ》の大盤石《だいばんじやく》、天然《てんねん》に双六《すごろく》の目《め》の装《も》られたのが有《あ》ると言《い》ふが、事実《じじつ》か、と聞《き》いたのであつた。
 亭主《ていしゆ》が答《こた》へて、如何《いか》にも、此《こ》の辺《へん》で噂《うはさ》するには、春《はる》の曙《あけぼの》のやうに、蒼々《あを/\》と霞《かす》んだ、滑《なめら》かな盤石《ばんじやく》で、藤色《ふぢいろ》がゝつた紫《むらさき》の筋《すぢ》が、寸分《すんぶん》違《たが》はず、双六《すごろく》の目《め》に成《な》つて居《ゐ》る。
『丁《ちやう》ど、先《ま》づ其《そ》の工合《ぐあひ》と思《おも》はれまする。』と掌《てのひら》を畳《たゝみ》に着《つ》けて指《ゆびさ》して見《み》せた。
 其時《そのとき》坐《すは》つて居《ゐ》た蒲団《ふとん》が、蒼味《あをみ》の甲斐絹《かひき》で、成程《なるほど》濃《こ》い紫《むらさき》の縞《しま》があつたので、恰《あだか》も既《すで》に盤石《ばんじやく》の其《そ》の双六《すごろく》に対向《さしむか》ひに成《な》つた気《き》がして、夫婦《ふうふ》は顔《かほ》を見合《みあ》はせて、思《おも》はず微笑《ほゝえ》んだ。
 ……と雪枝《ゆきえ》は言《い》ふ。
 けれども、其《それ》は神《かみ》の斧《をの》の、微妙《いみじ》き製作《せいさく》を会得《ゑとく》した嬉《うれ》しさではなかつた。其《そ》の実《じつ》、矢叫《やさけび》の如《ごと》き流《ながれ》の音《おと》も、春雨《はるさめ》の密語《さゝやき》ぞ、と聞《き》く、温泉《いでゆ》の煙《けむ》りの暖《あたゝか》い、山国《やまぐに》ながら紫《むらさき》の霞《かすみ》の立籠《たてこも》る閨《ねや》を、菫《すみれ》に満《み》ちた池《いけ》と見る、鴛鴦《えんわう》の衾《ふすま》の寝物語《ねものがた》りに――主従《しゆじう》は三世《さんぜ》、親子《おやこ》は一世《いつせ》、夫婦《ふうふ》は二世《にせ》の契《ちぎり》と聞《き》く……
『全《まつた》く未来《みらい》でも添《そ》へるのでせうか。』と他愛《たあい》のない言《こと》を新婦《しんぷ》が言《い》つた。
 二世《にせ》は愚《おろ》か三世《さんぜ》までもと思《おも》ふ雪枝《ゆきえ》も、言葉《ことば》あらそひを興《きよう》がつて、
『何《なに》二世《にせ》なぞがあるものか、魂《たましひ》は滅《ほろ》びないでも、死《し》ねば夫婦《ふうふ》はわかれわかれだ。』
とはぐらかすと、褄《つま》を引合《ひきあ》はせながら、起直《おきなほ》つて、
『私《わたし》は此《こ》の世《よ》ばかりでは厭《いや》です。』
とツンとした。
『それでは二人《ふたり》で、一世《いつせ》か、二世《にせ》か賭《かけ》をしやう。』
 苟《いやし》くも未来《みらい》の有無《うむ》を賭博《かけもの》にするのである。相撲取草《すまうとりぐさ》の首《くび》つ引《ぴき》なぞでは其《そ》の神聖《しんせい》を損《そこな》ふこと夥《おびたゞ》しい。聞《き》けば此《こ》の山奥《やまおく》に天然《てんねん》の双六盤《すごろくばん》がある。其《そ》の仙境《せんきやう》で局《きよく》を囲《かこ》まう。
 で、其《そ》の勝敗《しようはい》を紀念《きねん》として、一先《ひとま》づ、今度《こんど》の蜜月《みつゞき》の旅《たび》を切上《きりあ》げやう。けれども双六盤《すごろくばん》は、唯《たゞ》土地《とち》の伝説《でんせつ》であらうも知《し》れぬ。実際《じつさい》なら奇蹟《きせき》であるから、念《ねん》のためと、こゝで、其《そ》の翌日《よくじつ》旅店《りよてん》の主人《あるじ》に聞《き》いたのが、……件《くだん》の青石《あをいし》に薄紫《うすむらさき》の筋《すぢ》の入《はい》つた、恰《あたか》も二人《ふたり》が敷《し》いた座蒲団《ざぶとん》に肖《に》て居《ゐ》ると言《い》ふ其《それ》であつた。
『案内者《あんないしや》でも雇《やと》へやうか。』
 亭主《ていしゆ》が飛《とん》でもない顔色《かほつき》で、二人《ふたり》を視《なが》めたも道理《だうり》。

         十二

 双六《すごろく》は確《たしか》にあり。天工《てんこう》の奇蹟《きせき》の故《ゆゑ》に、四五六《しごろく》また双六谷《すごろくだに》と其処《そこ》を称《とな》へ、温泉《をんせん》も世《よ》の聞《き》こえに、双六《すごろく》の名《な》を負《お》はするが、谷《たに》を究《きは》めて、盤石《ばんじやく》を見《み》たものは昔《むかし》から誰《だれ》も無《な》い。――土地《とち》の名所《めいしよ》とは言《い》ひながら、なか/\以《もつ》て、案内者《あんないしや》を連《つ》れて踏込《ふみこ》むやうな遊山場《ゆさんば》ならず。双六盤《すごろくばん》の事《こと》は疑無《うたがひな》けれど、其《そ》の是《これ》あるは、月《つき》の中《なか》に玉兎《ぎよくと》のある、と同《おんな》じ事《こと》、と亭主《ていしゆ》は語《かた》つた。
 土地《とち》のものが、其方《そなた》の空《そら》ぞと視《なが》め遣《や》る、谷《たに》の上《うへ》には、白雲《はくうん》行交《ゆきか》ひ、紫緑《むらさきみどり》の日影《ひかげ》が添《そ》ひ、月明《つきあかり》には、黄《き》なる、又《また》桃色《もゝいろ》なる、霧《きり》の騰《のぼ》るを時々《ときどき》望《のぞ》む。珠《たま》か、黄金《こがね》か、世《よ》にも貴《たうと》い宝什《たから》が潜《ひそ》んで、気《き》の群立《むらだ》つよ、と憧憬《あこが》れながら、風《かぜ》に木《き》の葉《は》の音信《たより》もなければ、もみぢを分入《わけい》る道《みち》も知《し》らず……恰《あたか》も燦爛《さんらん》として五彩《ごさい》に煌《きら》めく、天上《てんじやう》の星《ほし》を指《ゆびさ》しても、手《て》に取《と》られぬ、と異《かは》りはない。
 唯《たゞ》山深《やまふか》く木《き》を樵《こ》る賤《しづ》が、兎《と》もすれば、我《わ》が伐木《ばつぼく》の谺《こだま》にあらぬ、怪《あや》しく、床《ゆか》しく且《か》つ幽《かすか》に、ころりん、から/\、と妙《たへ》なる楽器《がくき》を奏《かな》づるが如《ごと》きを聞《き》く――其時《そのとき》は、森《もり》の枝《えだ》が、一《ひと》つ一《ひと》つ黄金《こがね》白銀《しろがね》の線《いと》に成《な》つて、其《そ》の音《ね》を伝《つた》ふるが如《ごと》くに感《かん》ずる……思《おも》ふに魔神《まじん》が対向《むかひあ》つて、采《さい》を投《な》げる響《ひゞき》であらう……何《なん》につけても、飛騨谷《ひだだに》第一《だいいち》の隠《かく》れ場所《ばしよ》、近《ちか》づき難《がた》い魔所《ましよ》である、と猶《な》ほ亭主《ていしゆ》が語《かた》つたのである。
 二人《ふたり》は、聞《き》くが如《ごと》き他界《たかい》であるのを信《しん》ずると共《とも》に、双六《すごろく》の賭《かけ》が弥《いや》が上《うへ》にも、意味《いみ》の深《ふか》いものに成《な》つた事《こと》を喜《よろこ》んだ……勿論《もちろん》、谷《たに》へ分入《わけい》るに就《つ》いて躊躇《ちうちよ》を為《し》たり、恐怖《おそれ》を抱《いだ》いたりするやうな念《ねん》は聊《いさゝか》も無《な》かつた。
 と雪枝《ゆきえ》は続《つゞ》いて言《い》つた。
「其《そ》の上《うへ》好奇心《かうきしん》にも駆《か》られたでせう。直《す》ぐにも草鞋《わらぢ》を買《か》はして、と思《おも》つたけれども、彼是《かれこれ》晩方《ばんがた》に成《な》つたから、宿《やど》の主人《あるじ》を強《し》ゐて、途中《とちゆう》まで案内者《あんないしや》を着《つ》けさせることにして、其《そ》の日《ひ》の晩飯《ばんめし》は済《すま》せました。」
 双六谷《すごろくだに》へは、翌早朝《よくさうてう》と言《い》ふ意気組《いきぐみ》、今夜《こんや》も二世《にせ》かけた勝敗《しようはい》は無《な》しに、唯《たゞ》睦《むつ》まじいのであらうと思《おも》ふ。宵寐《よひね》をするにも余《あま》り早《はや》い、一風呂《ひとふろ》浴《あ》びた後《あと》……を、ぶらりと二人連《ふたりづれ》で山路《やまみち》へ出《で》て見《み》たのが、丁《ちやう》ど……狐《きつね》の穴《あな》には灯《あかり》は点《つ》かぬが、猿《さる》の店《みせ》には燈《ともしび》の点《つ》く時分《じぶん》、何《なに》となく薄《うす》ら寒《さむ》い、其処等《そこら》の霞《かすみ》も、遠山《とほやま》の雪《ゆき》の影《かげ》が射《さ》すやうで、夕餉《ゆふげ》の煙《けむり》が物寂《ものさび》しう谷《たに》へ落《おち》る。五六軒《ごろくけん》の藁屋《わらや》ならび、中《なか》にも浅間《あさま》な掛小屋《かけこや》のやうな小店《こみせ》を開《あ》けて、穴《あな》から商売《しやうばい》をするやうに婆《ばあ》さんが一人《ひとり》戸《と》の外《そと》を透《す》かして居《ゐ》た。其《そ》の店《みせ》で獣《けもの》の皮《かは》だの、獅子頭《しゝがしら》、狐《きつね》猿《さる》の面《めん》、般若《はんにや》の面《めん》、二升樽《にしやうだる》ぐらゐな座頭《ざとう》の首《くび》、――いや其《それ》が白《しろ》い目《め》をぐるりと剥《む》いて、亀裂《ひゞ》の入《はい》つた壁《かべ》に仰向《あふむ》いた形《かたち》なんぞ余《あんま》り気味《きみ》の可《い》いものではなかつた。誰
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