》がドキ/\した。
『奥方様《おくがたさま》で、はゝ、何《なに》や、一寸《ちよいと》お見申《みまを》せ。』と頤《あご》を向《む》けると、其処《そこ》に居《ゐ》た女中《ぢよちゆう》が、
『御一所《ごいつしよ》では無《な》かつたのでございますか。』
 で、ばた/\と廊下《らうか》を、直《す》ぐに二階《にかい》へ駆上《かけあが》つた。
 何故《なぜ》か雪枝《ゆきえ》は他人《たにん》を訪問《はうもん》に来《き》たやうな心持《こゝろもち》に成《な》つて、うつかり框際《かまちぎは》の広土間《ひろどま》に突立《つゝた》つて居《ゐ》た。
 山路《やまみち》から、後《あと》を跟《つ》けて来《き》たらしい嵐《あらし》が、袂《たもと》をひら/\と煽《あふ》つて、颯《さつ》と炉傍《ろばた》へ吹込《ふきこ》むと、燈《ともしび》が下伏《したぶせ》に暗《くら》く成《な》つて、炉《ろ》の中《なか》が明《あかる》く燃《も》える。これが赫《くわつ》と、壁《かべ》に並《なら》んだ提灯《ちやうちん》の箱《はこ》に映《うつ》る、と温泉《いでゆ》の薫《かをり》が芬《ぷん》とした。
 五六段《ごろくだん》階子《はしご》を残《のこ》
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