処《ところ》の、あの陽炎《かげらふ》が、こゝに屯《たむろ》したやうである。
 其《そ》の蘆《あし》がくれの大手《おほて》を、婦《をんな》は分《わ》けて、微吹《そよふ》く朝風《あさかぜ》にも揺《ゆ》らるゝ風情《ふぜい》で、男《をとこ》の振《ふら》つくとゝもに振《ふら》ついて下《お》りて来《き》た。……若《も》しこれで声《こゑ》がないと、男女《ふたり》は陽炎《かげらふ》が顕《あら》はす、其《そ》の最初《さいしよ》の姿《すがた》であらうも知《し》れぬ。
 が、青年《わかもの》が息切《いきゞ》れのする声《こゑ》で、言《ものい》ふのを聞《き》け。
「寐《ね》るなんて、……寐《ね》るなんて、何《ど》うしたんだらう。真個《まつたく》、気《き》が着《つ》いて自分《じぶん》でも驚《おどろ》いた。白《しら》んで来《き》たもの。何時《いつ》の間《ま》に夜《よ》が明《あ》けたか些《ちつ》とも知《し》らん。お前《まへ》も又《また》何《なん》だ、打《ぶ》つてゞも揺《ゆすぶ》つてゞも起《おこ》せば可《い》いのに――しかし疲《つか》れた、私《わたし》は非常《ひじやう》に疲《つか》れて居《ゐ》る。お前《まへ》に分《わか
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