犬《いぬ》よ。』と呼《よ》んだのがある。
びやう、びやう、うおゝ、うおゝ、うゝ、と遥《はる》かに犬《いぬ》が長吠《ながぼえ》して、可忌《いまは》しく夜陰《やいん》を貫《つらぬ》いたが、瞬《またゝ》く間《ま》に、里《さと》の方《はう》から、風《かぜ》のやうに颯《さつ》と来《き》て、背後《うしろ》から、足代場《あじろば》の上《うへ》に蹲《うづくま》つた――法衣《ころも》の袖《そで》を掠《かす》めて飛《と》んだ、トタンに腥《なまぐさ》い獣《けもの》の香《にほひ》がした。
水《みづ》の上《うへ》で、わん、わん、と啼《な》く……
『男《をとこ》は知《し》るまい。』
『うゝ、』と犬《いぬ》の声《こゑ》。
『不便《ふびん》な奴《やつ》だ。』
『びやう、』と又《また》啼《な》いた。
此《こ》の間《あひだ》、ざぶり/\と水《みづ》を懸《か》ける音《おと》が頻《しきり》にした。
『やがて可《い》いか、』
『血《ち》は留《と》まつた。』
『又《また》鞭打《むちう》つて、』
『又《また》洗《あら》はう。』
『やあ、己《おれ》が手《て》、』
『我《わ》が足《あし》、』
『此《こ》の面《つら》に絡《まつ》は
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