》へ姿《すがた》を顕《あら》はす幻《まぼろし》の婦《をんな》に廻向《えかう》を、と頼《たの》まれて、出家《しゆつけ》の役《やく》ぢや、……宵《よひ》から念仏《ねんぶつ》を唱《とな》へて待《ま》つ、と時刻《じこく》が来《き》た。
 大沼《おほぬま》の水《みづ》は唯《たゞ》、風《かぜ》にも成《な》らず雨《あめ》にも成《な》らぬ、灰色《はいいろ》の雲《くも》の倒《たふ》れた広《ひろ》い亡体《なきがら》のやうに見《み》えたのが、汀《みぎは》からはじめて、ひた/\と呼吸《いき》をし出《だ》した。ひた/\と言《い》ひ出《だ》した。幽《かすか》にひた/\と鳴出《なりだ》した。
 町方《まちかた》、里近《さとちか》の川《かは》は、真夜中《まよなか》に成《な》ると流《ながれ》の音《おと》が留《や》むと言《い》ふが反対《あべこべ》ぢやな。此《こ》の沼《ぬま》は、其時分《そのじぶん》から動《うご》き出《だ》す……呼吸《いき》が全躰《ぜんたい》に通《かよ》ふたら、真中《まんなか》から、むつくと起《お》きて、どつと洪水《こうずゐ》に成《な》りはせぬかと思《おも》ふ物凄《ものすご》さぢや。
 と其《そ》の中《なか
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