中《なか》に、雲《くも》の裾《すそ》が低《ひく》く舞下《まひさが》つて、水《みづ》にびつしより浸染《にじ》んだやうに、ぼうと水気《すゐき》が立《た》つので、朦朧《もうろう》として見《み》えた。
『沼《ぬま》ぢや、気《き》を着《つ》けやれ』と打切《ぶつき》つたやうに言《い》ひます。
『沼《ぬま》でも海《うみ》でも、女房《にようばう》が居《ゐ》れば入《はい》らずに置《お》けない。』
 苛々《いら/\》するから、此方《こつち》はふてくされで突掛《つゝかゝ》る。
 と入道《にふだう》が耳《みゝ》を貫《つらぬ》いて、骨髄《こつずゐ》に徹《とほ》る事《こと》を、一言《ひとこと》。
『はゝあ、此処《こゝ》なは、御身《おみ》が内儀《ないぎ》か、』
と言《い》ふ。
『此処《こゝ》なは……私《わたし》の……女房《にようばう》だと? ……』
『おゝ、私《わし》が今《いま》出逢《であ》ふた、水底《みなぞこ》から仰向《あふむ》けに顔《かほ》を出《だ》いた婦人《をんな》の事《こと》ぢや。』
『や、溺《おぼ》れて死《し》んだか。』
とばつたり膝《ひざ》を支《つ》く、と入道《にふだう》は足代《あじろ》の上《うへ》から
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