客様《きやくさま》、』
『奥様《おくさま》』と呼《よ》ぶのが峯《みね》から伝《つた》はる。谺《こだま》を返《かへ》して谷《たに》へカーンと響《ひゞ》く、――雲《くも》が白《しろ》く、山《やま》が青《あを》く、風《かぜ》が吹《ふ》いて水《みづ》が流《なが》れる。
『客人《きやくじん》は気《き》が違《ちが》つた、』と言《い》ふのが分《わか》る。
「可《よし》、何《なん》とでも言へ、昨日《きのふ》今日《けふ》二世《にせ》かけて契《ちぎり》を結《むす》んだ恋女房《こひにようばう》がフト掻消《かきけ》すやうに行衛《ゆくゑ》が知《し》れない。其《それ》を捜《さが》すのが狂人《きちがひ》なら、飯《めし》を食《く》ふものは皆《みな》狂気《きちがひ》、火《ひ》が熱《あつ》いと言《い》ふのも変《へん》で、水《みづ》が冷《つめた》いと思《おも》ふも可笑《をか》しい。温泉《をんせん》の湧出《わきだ》すなどは、沙汰《さた》の限《かぎ》りの狂気山《きちがひやま》だ、はゝゝはゝ、」
と雪枝《ゆきえ》は額髪《ひたひがみ》を揺《ゆす》るまで、膝《ひざ》を抱《かゝ》へて、高笑《たかわらひ》を遣《や》つた。
 雲《くも》が
前へ 次へ
全284ページ中105ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング