ぼんのう》も、菩提《ぼだい》もない。ちょうど汀《なぎさ》の銀の蘆《あし》を、一むら肩でさらりと分けて、雪に紛《まが》う鷺が一羽、人を払う言伝《ことづて》がありそうに、すらりと立って歩む出端《でばな》を、ああ、ああ、ああ、こんな日に限って、ふと仰がるる、那須嶽連山の嶺《みね》に、たちまち一朶《いちだ》の黒雲の湧《わ》いたのも気にしないで、折敷《おりしき》にカンと打った。キャッ! と若い女の声。魂《たま》ぎる声。
這《は》ったか、飛んだか、辷《すべ》ったか。猟夫《りょうし》が目くるめいて駆付けると、凍《い》てざまの白雪に、ぽた、ぽた、ぽたと紅《あけ》が染まって、どこを撃ったか、黒髪の乱れた、うつくしい女が、仰向《あおむ》けに倒れ、もがいた手足をそのままに乱れ敷いていたのである。
いやが上の恐怖と驚駭《きょうがい》は、わずかに四五間離れた処に、鳥の旦那が真白《まっしろ》なヘルメット帽、警官の白い夏服で、腹這《はらばい》になっている。「お助けだ――旦那、薬はねえか。」と自分が救われたそうに手を合せた。が、鳥旦那は――鷺が若い女になる――そんな魔法は、俺が使ったぞ、というように知らん顔して、
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