夫《りょうし》がこの爺さんである事は言うまでもなかろうと思う。さて猟夫が、雪の降頻《ふりしき》る中を、朝の間《ま》に森へ行《ゆ》くと、幹と根と一面の白い上に、既に縦横に靴で踏込んだあとがあった。――畜生、こんなに疾《はや》くから旦那が来ている。博士の、静粛な白銀《しろがね》の林の中なる白鷺の貴婦人の臨月の観察に、ズトン! は大禁物であるから、睨《にら》まれては事こわしだ。一旦《いったん》破寺《やれでら》――西明寺はその一頃は無住であった――その庫裡《くり》に引取って、炉に焚火《たきび》をして、弁当を使ったあとで、出直して、降積った雪の森に襲い入ると、段々に奥深く、やがて向うに青い水が顕《あら》われた、土地で、大沼というのである。
今はよく晴れて、沼を囲んだ、樹の袖、樹の裾《すそ》が、大《おおい》なる紺青《こんじょう》の姿見を抱《いだ》いて、化粧するようにも見え、立囲った幾千の白い上※[#「藹」の「言」に代えて「月」、第3水準1−91−26]《じょうろう》が、瑠璃《るり》の皎殿《こうでん》を繞《めぐ》り、碧橋《へききょう》を渡って、風に舞うようにも視《なが》められた。
この時、煩悩《
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