》の手が榊を清水にひたして冷すうちに、ブライツッケルの冷罨法《れいあんぽう》にも合《かな》えるごとく、やや青く、薄紫にあせるとともに、乳《ち》が銀の露に汗ばんで、濡色の睫毛《まつげ》が生きた。
町へ急ぐようにと云って、媼はなおあとへ残るから、
「お前様は?」
お誓が聞くと、
「姫神様がの、お冠の纓《ひも》が解けた、と御意じゃよ。」
これを聞いて、活ける女神《じょしん》が、なぜみずからのその手にて、などというものは、烏帽子折《えぼしおり》を思わるるがいい。早い処は、さようなお方は、恋人に羽織をきせられなかろう。袴腰も、御自分で当て、帽子も、御自分で取っておかぶりなさい。
五
神巫《いちこ》たちは、数々《しばしば》、顕霊を示し、幽冥《ゆうめい》を通じて、俗人を驚かし、郷土に一種の権力をさえ把持《はじ》すること、今も昔に、そんなにかわりなく、奥羽地方は、特に多い、と聞く。
むかし、秋田何代かの太守が郊外に逍遥《しょうよう》した。小やすみの庄屋が、殿様の歌人なのを知って、家に持伝えた人麿の木像を献じた。お覚えのめでたさ、その御機嫌の段いうまでもない――帰途に、身が
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