人として事件に煩わされたものはない。
汀《なぎさ》で、お誓を抱いた時、惜しや、かわいそうに、もういけないと思った。胸に硝薬《しょうやく》のにおいがしたからである。
水を汲《く》もうとする処へ、少年を促がしつつ、廻り駈《が》けに駈けつけた孫八が慌《あわただ》しく留めた。水を飲んじゃなりましねえ。山野に馴れた爺の目には、沼の水を見さっせえ、お前等《めえら》がいった、毒虫が、ポカリポカリ浮いてるだ。……
明神まで引返す、これにも少年が用立った。爺さんにかわって、お誓を背にして走った。
清水につくと、魑魅《すだま》が枝を下り、茂りの中から顕《あら》われたように見えたが、早く尾根づたいして、八十路《やそじ》に近い、脊の低い柔和なお媼《ばあ》さんが、片手に幣結《しでゆ》える榊《さかき》を持ち、杖《つえ》はついたが、健《すこやか》に来合わせて、
「苦労さしゃったの。もうよし、よし。」
と、お誓のそのふくよかな腹を、袖の下で擦《さす》って微笑《ほほえ》んだ。そこがちょうど結び目の帯留の金具を射て、弾丸《たま》は外《そ》れたらしい。小指のさきほどの打身があった。淡《うす》いふすぼりが、媼《うば
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