》を、構わんですわ。」
ちょっとなまって、甘えるような口ぶりが、なお、きっぱりと断念《あきらめ》がよく聞えた。いやが上に、それも可哀《あわれ》で、その、いじらしさ。
「帯にも、袖にも、どこにも、居ないかね。」
再び巨榎《おおえのき》の翠《みどり》の蔭に透通る、寂しく澄んだ姿を視《み》た。
水にも、満つる時ありや、樹の根の清水はあふれたり。
「ああ、さっき水を飲んだ時でなくて可《よ》かった。」
引立てて階《きざはし》を下りた、その蔀格子《しとみごうし》の暗い処に、カタリと音がした。
「あれ、薙刀がはずれましたか。」
清水の面《おもて》が、柄杓《ひしゃく》の苔《こけ》を、琅※[#「王+干」、第3水準1−87−83]《ろうかん》のごとく、梢《こずえ》もる透間《すきま》を、銀象嵌《ぎんぞうがん》に鏤《ちりば》めつつ、そのもの音の響きに揺れた。
「まあ、あれ、あれ、ご覧なさいまし、長刀が空を飛んで行く。」……
榎の梢を、兎のような雲にのって。
「桃色の三日月様のように。」
と言った。
松島の沿道の、雨晴れの雲を豆府に、陽炎《かげろう》を油揚に見物したという、外道俳人、小県の目にも
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