、これを仰いだ目に疑いはない。薙刀の鋭《と》き刃のように、たとえば片鎌の月のように、銀光を帯び、水紅《とき》の羅《うすもの》して、あま翔《かけ》る鳥の翼を見よ。
「大沼の方へ飛びました。明神様の導きです。あすこへ行きます、行って……」
「行って、どうします? 行って。」
「もうこんな気になりましては、腹の子をお守り遊ばす、観音様の腹帯を、肌につけてはいられません。解きます処、棄てます処、流す処がなかったのです。女の肌につけたものが一度は人目に触れるんですもの。抽斗《ひきだし》にしまって封をすれば、仏様の情《なさけ》を仇《あだ》の女の邪念で、蛇、蛭《ひる》に、のびちぢみ、ちぎれて、蜘蛛《くも》になるかも知れない。やり場がなかったんですのに、導びきと一所に、お諭《さと》しなんです。小県さん。あの沼は、真中《まんなか》が渦を巻いて底知れず水を巻込むんですって、爺さんに聞いています……」
 と、銑吉の袂《たもと》の端を確《しか》と取った。
「行《ゆ》く道が分っていますか。」
「ええ、身を投げようと、……二度も、三度も。」――
 欄干の折れた西の縁の出端《はずれ》から、袖形に地の靡《なび》く、向
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