きれい》な虫が一つ居はしませんか、虫が。」
「ええ。」
「居る?」
「ええ。居ますわ。」
バタリと口に啣《くわ》えた櫛《くし》が落ちた。お誓は帯のむすびめをうしろに取って、細い腰をしめさまに、その引掛《ひっか》けを手繰っていたが、
「玉虫でしょう、綺麗な。ええ、人間は、女は浅間しい。すぐに死なないと思いましたら、簪《かんざし》も衣《き》ものも欲《ほし》いんです。この場所ですから、姫神様が下さるんだと思いましてさ、ちょっと、櫛でおさえました。ツイとそれて、取損って、見えませんわ。そちらに居ません? 玉虫でしょう。」
筐《かたみ》の簪、箪笥《たんす》の衣《きぬ》、薙刀で割く腹より、小県はこの時、涙ぐんだ。
いや、懸念に堪えない。
「玉虫どころか……」
名は知るまいと思うばかり、その説明の暇もない。
「大変な毒虫だよ。――支度はいいね、お誓さん、お堂の下へおりて下さい。さあ……その櫛……指を、唇へ触りはしまいね。」
「櫛は峰の方を啣えました。でも、指はあの、鬢《びん》の毛を撫でつけます時、水がなかったもんですから、つい……いいえ、毒にあたれば、神様のおぼしめしです。こんな身体《からだ
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