さんの炉端でした。裏背戸口へ、どさりと音がしたきりだった、という事です。
 どんな形で、投《ほう》り出されていたんでしょう。」
 褄を引合わせ、身をしめて、
「……のちに、大沼で、とれたといって、旅宿《やど》の台所に、白い雁《がん》が仰向《あおむ》けに、俎《まないた》の上に乗ったのを、ふと見まして、もう一度ゾッとすると、ひきつけて倒れました事さえあるんです。
 ――その晩は、お爺さんの内から、ほんの四五町の処を、俥《くるま》にのって帰ったのです。急に、ひどい悪寒がするといって、引被《ひっかぶ》って寝ましたきり、枕も顔もあげられますもんですか。悪寒どころですか、身体《からだ》はやけますようですのに、冷い汗を絞るんです。その汗が脇の下も、乳の処も、……ずくずく……悪臭い、鱶《ふか》だか、鮫《さめ》だかの、六月いきれに、すえたような臭《にお》いでしょう。むしりたい、切って取りたい、削りたい、身体中がむかむかして、しっきりなしに吐くんです。
 無理やりに服《の》まされました、何の薬のせいですか、有る命は死にません。――活きているかいはなし……ただ西明寺の観音様へお縋《すが》りにまいります。それ
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