からだ》で、口へ出して……」
 キリキリと歯を噛《か》んで、つと瞼《まぶた》の色が褪《あ》せた。
「癪《しゃく》か。しっかりなさい、お誓さん。」
 さそくに掬《すく》った柄杓《ひしゃく》の水を、削るがごとく口に含んで、
「人間がましい、癪なんぞは、通越しているんです。ああ、この水が、そのまんま、青い煙になって焼いちまってくれればいいのに。」
 しばらく、声も途絶えたのである。
「口惜《くや》しいわ、私、小県さん、足が上へ浮く処を、うしろから、もこん、と抱込んだものを、見ました時。」
 わなわなと震えたから、小県も肩にかけていた手を離した。倒れそうに腰をつくと、褄《つま》を投げて、片手を苔《こけ》に辷《すべ》らした。
「灰汁《あく》のような毛が一面にかぶさった。枯木のような脊の高い、蒼い顔した※[#「けものへん+非」、88−17]々《ひひ》、あの、絵の※[#「けものへん+非」、88−18]々、それの鼻、がまた高くて巨《おおき》いのが、黒雲のようにかぶさると思いましたばかり……何にも分らなくなりました。
 あとで――息の返りましたのは、一軒家で飴《あめ》を売ります、お媼《ばあ》さんと、お爺
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