のようにヒヤリとする。
 水へ辷《すべ》った柄杓が、カンと響いた。

       四

「……小県さん、女が、女の不束《ふつつか》で、絶家を起す、家を立てたい――」
「絶家を起す、家を起《た》てたい……」
「ええ、その考えは、間違っていますでしょうか。」
「何が、間違いです。誰が間違いだと云いました。とんでもない、天晴《あっぱ》れじゃありませんか。」
「私の父は、この土地のものなんです。」
「ああ、成程。」
「――この藩のちょっとした藩士だったそうなんですが、道楽ものだったと思います。御維新の騒ぎに刀さしをやめたのは可《い》いんですけれど、そういう人ですから、堅気《かたぎ》の商売が出来ないで、まだ――街道が賑《にぎや》かだったそうですから、片原の町はずれへ、茶屋|旅籠《はたご》の店を出したと申しますの。
 ……貴方、こちらへいらっしゃりがけに――その、あの、牡丹《ぼたん》、牡丹ですが。」
 なぜか、引くいきに、声がかすれて、
「あの咲いております処は、今は田畝《たんぼ》のようになりましたけれど、もと、はなれの庭だったそうですの……そして――
 牡丹は、父の手しおにかけましたものですっ
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