いるんですから。……
 ――畜生――
 と声も出ないで。」
「ははあ、たちまち一打《ひとうち》……薙刀ですな。」
「明神様のお持料《もちりょう》です。それでも持ったのが私です、討てる、切れるとは思いませんが――畜生――叩倒《たたきたお》してやろうと思って、」
「切られる分には、まだ、不具《かたわ》です。薙倒されては真二《まっぷた》つです、危い、危い。」
 と、いまは笑った。
「堪忍して下さいな、貴方をばけものだと思った私は、浅間《あさま》しい獣《けだもの》です、畜生です、犬です、犬に噛《か》まれたとお思いになって。」
「馬鹿なことを……飛んでもない、犬に咬《か》まれるくらいなら、私はお誓さんの薙刀に掛けられますよ。かすり疵《きず》も負わないから、太腹《ふとっぱら》らしく太平楽をいうのではないんだが、怒りも怨みもしやしません。気やすく、落着いてお話しなさい。あなたは少しどうかしている、気を沈めて。……これは、ばけものの手触りかも知れませんよ。」
 そこで、背《せな》に手を置くのに、みだれ髪が、氷のように冷たく触った。
「どうぞ、あの薙刀の飛ばないように。」
 その黒髪は、漆の刃《やいば》
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