とおっしゃいましょう。」
 つと寄ると、手巾《ハンケチ》を払った手で、柄杓の柄の半ばを取りしめた。その半ばを持ったまま、居処《いどころ》をかえて、小県は、樹の高根に腰を掛けた。
「言いますわ、私……ですが、あなたは、あなたは、どうして、ここへ……」
「おたずね、ごもっともです。――少し気取るようだけれど、ちょっと柄にない松島見物という不了簡《ふりょうけん》を起して……その帰り道なんです。――先祖の墓参りというと殊勝ですが、それなら、行きみちにすべき筈です。関屋まで来ると、ふと、この片原の在所の寺、西明寺ですね。あすこに先祖の墓のある事を、子供のうち、爺さん、祖母《ばあ》さんに聞いていたのを思出しました。勿体ないが、ろくに名も知らない人たちです。
 墓は、草に埋《うず》まって皆分りません、一家遠国へ流転のうちに、無縁同然なんですから、寺もまた荒れていますしね。住職も留守で、過去帳も見られないし、その寺へ帰るのを待つ間《ま》に――しかし、そればかりではありません。
 ――片原の町から寺へ来る途中、田畝畷《たんぼなわて》の道端に、お中食処《ちゅうじきどころ》の看板が、屋根、廂《ひさし》ぐるみ
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