と違いましょう。牛肉のバタ焼の黒煙を立てて、腐った樽柿の息を吹くのと、明神の清水を汲《く》んで、松風を吸ったのでは、それは、いくらか違わなくっては。」
と、はじめて声を出して軽く笑った。
「透通るほどなのは、あなたさ。」
「ええ。」
と無邪気にうけながら、ちょっと眉を顰《ひそ》めた。乳《ち》の下を且つ蔽《おお》う袖。
「一度、二十許《はたちばか》りの親類の娘を連れて、鬼子母神《きしもじん》へ参詣《さんけい》をした事がありますがね、桐の花が窓へ散る、しんとした御堂《おどう》の燈明で視《み》た、襟脚のよさというものは、拝んで閉じた目も凜《りん》として……白さは白粉《おしろい》以上なんです。――前刻《さっき》も山下のお寺の観世音の前で……お誓さん――女持の薄紫の扇を視ました。ああ、ここへお参りして拝んだ姿は、どんなに美しかろうと思いましたが。」
誓はうつむく。
その襟脚はいうまでもなかろう。
「その人もわかりました。いまおなじ人が、この明神様に籠《こも》ったのもわかったのです。が、お待ちなさいよ。絵馬を、私が視ていた時、お誓さんは、どこに居て……」
「ええ、そして、あの、何をしたんだ
前へ
次へ
全66ページ中32ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング