ったが、爺さんは、耳をそらし、口を避けて、色ある二品《ふたしな》のいわれに触れるのさえ厭《いと》うらしいので、そのまま黙した事実があった。
 ただ、あだには見過し難《がた》い、その二品に対する心ゆかしと、帰路《かえり》には必ず立寄るべき心のしるしに、羽織を脱いで、寺にさし置いた事だけを――言い添えよう。
 いずれにしても、ここで、そのお誓に逢おうなどとは……譬《たとえ》にこまった……間に合わせに、されば、箱根で田沢湖を見たようなものである。

       三

「――余り不思議です。お誓さん、ほんとのお誓さんなら、顔を見せて下さい、顔を……こっちを向いて、」
 ほとんど樹の枝に乗った位置から、おのずと出る声の調子に、小県は自分ながら不気味を感じた。
 きれぎれに、
「お恥かしくって、そちらが向けないほどなんですもの。」
 泣声だし、唇を含んでかすれたが、まさか恥かしいという顔に異状はあるまい。およそ薙刀を閃《ひら》めかして薙《な》ぎ伏せようとした当の敵に対して、その身構えが、背後《うしろ》むきになって、堂の縁を、もの狂わしく駆廻ったはおろか、いまだに、振向いても見ないで、胸を、腹部を
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