袖で秘《かく》すらしい、というだけでも、この話の運びを辿《たど》って、読者も、あらかじめ頷《うなず》かるるであろう、この婦《おんな》は姙娠している。
「私が、そこへ行《ゆ》きますが、構いませんか。今度は、こっちで武芸を用いる。高いこの樹の根からだと、すれすれだから欄干が飛べそうだから。」
婦《おんな》は、格子に縋《すが》って、また立った。なおその背後向きのままで居る。
「しかし、その薙刀を何とかして下さらないか。どうも、まことに、危いのですよ。」
「いま、そちらへ参りますよ。」
落ついて静《しずか》にいうのが、遠く、築地の梅水で、お酌ねだりをたしなめるように聞えて、銑吉はひとりで苦笑した。すぐに榎の根を、草へ下りて、おとなしく控え待った。
枝がくれに、ひらひらと伸び縮みする……というと蛇体にきこえる、と悪い。細《ほっそ》りした姿で、薄い色の褄《つま》を引上げ、腰紐を直し、伊達巻をしめながら、襟を掻合《かきあ》わせ掻合わせするのが、茂りの彼方《かなた》に枝透いて、簾《すだれ》越に薬玉《くすだま》が消えんとする。
やがて、向直って階《きざはし》を下りて来た。引合わせている袖の下が、
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