である。同時に、その刃尖が肉を削り、鮮血《なまち》が踵《かかと》を染めて伝わりそうで、見る目も危い。
 青い蝉が、かなかなのような調子はずれの声を、
「貴女《あなた》、貴女、誰方《どなた》にしましても、何事にしましても、危い、それは危い。怪我をします。怪我をします。気をおつけなさらないと。」
 髪を分けた頬を白く、手首とともに、一層扉に押当てて、
「あああ」
 とやさしい、うら若い、あどけないほどの、うけこたえとまでもない溜息を深くすると、
「小県さん――」
 冴《さ》えて、澄み、すこし掠《かす》れた細い声。が、これには銑吉が幹の支えを失って、手をはずして落ちようとした。堂の縁の女でなく、大榎の梢《こずえ》から化鳥《けちょう》が呼んだように聞えたのである。
「……小県さん、ほんとうの小県さんですか。」
 この場合、声はまた心持|涸《か》れたようだが、やっぱり澄んで、はっきりした。
 夏は簾《すだれ》、冬は襖《ふすま》、間《ま》を隔てた、もの越《ごし》は、人を思うには一段、床《ゆか》しく懐しい。……聞覚えた以上であるが、それだけに、思掛けなさも、余りに激しい。――
 まだ人間に返り切れぬ
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