く澄んで朗《ほがら》か。
絵馬を見て、彳《たたず》んで、いま、その心易さに莞爾《にっこり》としたのである。
思いも掛けず、袖を射て、稲妻が飛んだ。桔梗《ききょう》、萩、女郎花《おみなえし》、一幅《いっぷく》の花野が水とともに床に流れ、露を縫った銀糸の照る、彩《いろ》ある女帯が目を打つと同時に、銑吉は宙を飛んで、階段を下へ刎《は》ね落ちた。再び裾《すそ》へ飜《ひるが》えるのは、柄長き薙刀の刃尖《はさき》である。その稲妻が、雨のごとき冷汗を透《とお》して、再び光った。
次の瞬間、銑吉の身は、ほとんど本能的に大榎《おおえのき》の幹を小盾《こだて》に取っていた。
どうも人間より蝉に似ている。堂の屋根うらを飛んで、樹へ遁《に》げたその形が。――そうして、少時《しばらく》して、青い顔の目ばかり樹の幹から出した処は、いよいよ似ている。
柳の影を素膚《すはだ》に絡《まと》うたのでは、よもあるまい。よく似た模様をすらすらと肩|裳《もすそ》へ、腰には、淡紅《とき》の伊達巻ばかり。いまの花野の帯は、黒格子を仄《ほのか》に、端が靡《なび》いて、婦人《おんな》は、頬のかかり頸脚《えりあし》の白く透通
前へ
次へ
全66ページ中23ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング