嶽《たけ》を征服するとかいう偉さもない。明神の青葉の砦《とりで》へ、見すぼらしく降参をするに似た。が、謹んでその方が無事でいい。
 石段もところどころ崩れ損じた、控綱の欲《ほし》いほど急ではないが、段の数は、累々と畳まって、半身を、夏の雲に抽《ぬ》いた、と思うほど、聳《そび》えていた。
 ここに、思掛けなかったのは――不断ほとんど詣ずるもののない、無人《むにん》の境だと聞いただけに、蛇類のおそれ、雑草が伸茂って、道を蔽《おお》うていそうだったのが、敷石が一筋、すっと正面の階段まで、常磐樹《ときわぎ》の落葉さえ、五枚六枚数うるばかり、草を靡《なび》かして滑かに通った事であった。
 やがて近づく、御手洗《みたらし》の水は乾いたが、雪の白山《はくさん》の、故郷《ふるさと》の、氏神を念じて、御堂の姫の影を幻に描いた。
 すぐその御手洗の傍《そば》に、三抱《みかかえ》ほどなる大榎《おおえのき》の枝が茂って、檜皮葺《ひわだぶき》の屋根を、森々《しんしん》と暗いまで緑に包んだ、棟の鰹木《かつおぎ》を見れば、紛《まが》うべくもない女神《じょしん》である。根上りの根の、譬《たと》えば黒い珊瑚碓《さんごし
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