さて、旧街道を――庫裡《くり》を一廻り、寺の前から――路を埋《うず》めた浅茅《あさじ》を踏んで、横切って、石段下のたらたら坂《ざか》を昇りかかった時であった。明神の森とは、山波をつづけて、なだらかに前《もと》来た片原の町はずれへ続く、それを斜《ななめ》に見上げる、山の端《は》高き青芒《あおすすき》、蕨《わらび》の広葉の茂った中へ、ちらりと出た……さあ、いくつぐらいだろう、女の子の紅《あか》い帯が、ふと紅《もみ》の袴《はかま》のように見えたのも稀有《けう》であった、が、その下ななめに、草堤《くさどて》を、田螺《たにし》が二つ並んで、日中《ひなか》の畝《あぜ》うつりをしているような人影を見おろすと、
「おん爺《じ》いええ。」
 と野へ響く、広く透《とお》った声で呼んだ。
 貝の尖《さき》の白髪《しらが》の田螺が、
「おお。」
「爺《じ》ン爺《じ》いよう。」
「……爺ン爺い、とこくわ――おおよ。」
「媼《ば》ン媼《ば》が、なあえ、すぐに帰って、ござれとよう。」
「酒でも餅でもあんめえが、……やあ。」
「知らねえよう。」
「客人と、やい、明神様詣るだと、言うだあよう。」
「何《あん》でも帰
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