《もり》の中《なか》深《ふか》く、もう/\と牛《うし》の聲《こゑ》して、沼《ぬま》とも覺《おぼ》しき泥《どろ》の中《なか》に、埒《らち》もこはれ/″\牛《うし》養《やしな》へる庭《には》にさへ紫陽花《あぢさゐ》の花《はな》盛《さかり》なり。
此時《このとき》、白襟《しろえり》の衣紋《えもん》正《たゞ》しく、濃《こ》いお納戸《なんど》の單衣《ひとへ》着《き》て、紺地《こんぢ》の帶《おび》胸《むな》高《たか》う、高島田《たかしまだ》の品《ひん》よきに、銀《ぎん》の平打《ひらうち》の笄《かうがい》のみ、唯《たゞ》黒髮《くろかみ》の中《なか》に淡《あは》くかざしたるが、手車《てぐるま》と見《み》えたり、小豆色《あづきいろ》の膝《ひざ》かけして、屈竟《くつきやう》なる壯佼《わかもの》具《ぐ》したるが、車《くるま》の輪《わ》も緩《ゆる》やかに、彼《か》の蜘蛛手《くもで》の森《もり》の下道《したみち》を、訪《と》ふ人《ひと》の家《いへ》を尋《たづ》ね惱《なや》みつと覺《おぼ》しく、此處《こゝ》彼處《かしこ》、紫陽花《あぢさゐ》咲《さ》けりと見《み》る處《ところ》、必《かなら》ず、一時《ひととき》ば
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