中《なか》より暮《く》れ初《そ》めて、小暗《をぐら》きわたり蚊柱《かばしら》は家《いへ》なき處《ところ》に立《た》てり。袂《たもと》すゞしき深《ふか》みどりの樹蔭《こかげ》を行《ゆ》く身《み》には、あはれ小《ちひ》さきものども打《うち》群《む》れてもの言《い》ひかはすわと、それも風情《ふぜい》かな。分《わ》けて見詰《みつ》むるばかり、現《うつゝ》に見《み》ゆるまで美《うつく》しきは紫陽花《あぢさゐ》なり。其《そ》の淺葱《あさぎ》なる、淺《あさ》みどりなる、薄《うす》き濃《こ》き紫《むらさき》なる、中《なか》には紅《くれなゐ》淡《あは》き紅《べに》つけたる、額《がく》といふとぞ。夏《なつ》は然《さ》ることながら此《こ》の邊《あたり》分《わ》けて多《おほ》し。明《あかる》きより暗《くら》きに入《い》る處《ところ》、暗《くら》きより明《あかる》きに出《い》づる處《ところ》、石《いし》に添《そ》ひ、竹《たけ》に添《そ》ひ、籬《まがき》に立《た》ち、戸《と》に彳《たゝず》み、馬蘭《ばらん》の中《なか》の、古井《ふるゐ》の傍《わき》に、紫《むらさき》の俤《おもかげ》なきはあらず。寂《じやく》たる森
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