左手《ゆんで》を傘《かさ》の柄《え》にて探《さぐ》りながら、顏《かほ》ばかり前《まへ》に出《だ》せば、此《こ》の折《をり》ぞ、風《かぜ》も遮《さへぎ》られて激《はげ》しくは當《あた》らぬ空《そら》に、蜘蛛《くも》の巣《す》の頬《ほゝ》にかゝるも侘《わび》しかりしが、然《さ》ばかり降《ふ》るとも覺《おぼ》えざりしに、兎《と》かうして樹立《こだち》に出《い》づれば、町《まち》の方《かた》は車軸《しやぢく》を流《なが》す雨《あめ》なりき。
 蚊遣《かやり》の煙《けむり》古井戸《ふるゐど》のあたりを籠《こ》むる、友《とも》の家《いへ》の縁端《えんばた》に罷來《まかりき》て、地切《ぢぎり》の強煙草《つよたばこ》を吹《ふ》かす植木屋《うゑきや》は、年《とし》久《ひさ》しく此《こ》の森《もり》に住《す》めりとて、初冬《はつふゆ》にもなれば、汽車《きしや》の音《おと》の轟《とゞろ》く絶間《たえま》、凩《こがらし》の吹《ふ》きやむトタン、時雨《しぐれ》來《く》るをり/\ごとに、狐《きつね》狸《たぬき》の今《いま》も鳴《な》くとぞいふなる。然《さ》もあるべし、但《たゞ》狸《たぬき》の聲《こゑ》は、老夫《を
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