ぢ》が耳《みゝ》に蚯蚓《みゝず》に似《に》たりや。
件《くだん》の古井戸《ふるゐど》は、先住《せんぢう》の家《いへ》の妻《つま》ものに狂《くる》ふことありて其處《そこ》に空《むな》しくなりぬとぞ。朽《く》ちたる蓋《ふた》犇々《ひし/\》として大《おほ》いなる石《いし》のおもしを置《お》いたり。友《とも》は心《こゝろ》強《がう》にして、小夜《さよ》の螢《ほたる》の光《ひかり》明《あか》るく、梅《うめ》の切株《きりかぶ》に滑《なめら》かなる青苔《せいたい》の露《つゆ》を照《てら》して、衝《つ》と消《き》えて、背戸《せど》の藪《やぶ》にさら/\とものの歩行《ある》く氣勢《けはひ》するをも恐《おそ》れねど、我《われ》は彼《か》の雨《あめ》の夜《よ》を惱《なや》みし時《とき》、朽木《くちき》の燃《も》ゆる、はた板戸《いたど》洩《も》る遠灯《とほともし》、畦《あぜ》行《ゆ》く小提灯《こぢやうちん》の影《かげ》一《ひと》つ認《みと》めざりしこそ幸《さいはひ》なりけれ。思《おも》へば臆病《おくびやう》の、目《め》を塞《ふさ》いでや歩行《ある》きけん、降《ふり》しきる音《おと》は徑《こみち》を挾《さしはさ》む梢《こずゑ》にざツとかぶさる中《なか》に、取《と》つて食《く》はうと梟《ふくろふ》が鳴《な》きぬ。
恁《か》くは森《もり》のおどろ/\しき姿《すがた》のみ、大方《おほかた》の風情《ふぜい》はこれに越《こ》えて、朝夕《あさゆふ》の趣《おもむき》言《い》ひ知《し》らずめでたき由《よし》。
曙《あけぼの》は知《し》らず、黄昏《たそがれ》に此《こ》の森《もり》の中《なか》辿《たど》ることありしが、幹《みき》に葉《は》に茜《あかね》さす夕日《ゆふひ》三筋《みすぢ》四筋《よすぢ》、梢《こずゑ》には羅《うすもの》の靄《もや》を籠《こ》めて、茄子畑《なすばたけ》の根《ね》は暗《くら》く、其《そ》の花《はな》も小《ちひ》さき實《み》となりつ。
棚《たな》して架《かく》るとにもあらず、夕顏《ゆふがほ》のつる西家《せいか》の廂《ひさし》を這《は》ひ、烏瓜《からすうり》の花《はな》ほの/″\と東家《とうか》の垣《かき》に霧《きり》を吐《は》きぬ。強《し》ひて我《われ》句《く》を求《もと》むるにはあらず、藪《やぶ》には鶯《うぐひす》の音《ね》を入《い》るゝ時《とき》ぞ。
日《ひ》は茂《しげ》れる
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