》いまさず、いろと提灯《ちやうちん》は持《も》たぬ身《み》の、藪《やぶ》の前《まへ》、祠《ほこら》のうしろ、左右《さいう》畑《はたけ》の中《なか》を拾《ひろ》ひて、蛇《じや》の目《め》の傘《からかさ》脊筋《せすぢ》さがりに引《ひつ》かつぎたるほどこそよけれ、たかひくの路《みち》の、ともすれば、ぬかるみの撥《はね》ひやりとして、然《さ》らぬだに我《わ》が心《こゝろ》覺束《おぼつか》なきを、やがて追分《おひわけ》の方《かた》に出《いで》んとして、森《もり》の下《した》に入《い》るよとすれば呀《や》、眞暗《まつくら》三寶《さんばう》黒白《あやめ》も分《わ》かず。今《いま》までは、春雨《はるさめ》に、春雨《はるさめ》にしよぼと濡《ぬ》れたもよいものを、夏《なつ》はなほと、はら/\はらと降《ふ》りかゝるを、我《われ》ながらサテ情知《なさけし》り顏《がほ》の袖《そで》にうけて、綽々《しやく/\》として餘裕《よゆう》ありし傘《からかさ》とともに肩《かた》をすぼめ、泳《およ》ぐやうなる姿《すがた》して、右手《めて》を探《さぐ》れば、竹垣《たけがき》の濡《ぬ》れたるが、する/\と手《て》に觸《さは》る。左手《ゆんで》を傘《かさ》の柄《え》にて探《さぐ》りながら、顏《かほ》ばかり前《まへ》に出《だ》せば、此《こ》の折《をり》ぞ、風《かぜ》も遮《さへぎ》られて激《はげ》しくは當《あた》らぬ空《そら》に、蜘蛛《くも》の巣《す》の頬《ほゝ》にかゝるも侘《わび》しかりしが、然《さ》ばかり降《ふ》るとも覺《おぼ》えざりしに、兎《と》かうして樹立《こだち》に出《い》づれば、町《まち》の方《かた》は車軸《しやぢく》を流《なが》す雨《あめ》なりき。
 蚊遣《かやり》の煙《けむり》古井戸《ふるゐど》のあたりを籠《こ》むる、友《とも》の家《いへ》の縁端《えんばた》に罷來《まかりき》て、地切《ぢぎり》の強煙草《つよたばこ》を吹《ふ》かす植木屋《うゑきや》は、年《とし》久《ひさ》しく此《こ》の森《もり》に住《す》めりとて、初冬《はつふゆ》にもなれば、汽車《きしや》の音《おと》の轟《とゞろ》く絶間《たえま》、凩《こがらし》の吹《ふ》きやむトタン、時雨《しぐれ》來《く》るをり/\ごとに、狐《きつね》狸《たぬき》の今《いま》も鳴《な》くとぞいふなる。然《さ》もあるべし、但《たゞ》狸《たぬき》の聲《こゑ》は、老夫《を
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