《くろ》き雲《くも》の一片《いつぺん》をも見《み》ず、奈落《ならく》に揉落《もみおと》さるゝ時《とき》は、海底《かいてい》の巖《いは》の根《ね》なる藻《も》の、紅《あか》き碧《あを》きをさへ見《み》ると言《い》ひます。
 風《かぜ》の一息《ひといき》死《し》ぬ、眞空《しんくう》の一瞬時《いつしゆんじ》には、町《まち》も、屋根《やね》も、軒下《のきした》の流《ながれ》も、其《そ》の屋根《やね》を壓《あつ》して果《はて》しなく十重《とへ》二十重《はたへ》に高《たか》く聳《た》ち、遙《はるか》に連《つらな》る雪《ゆき》の山脈《さんみやく》も、旅籠《はたご》の炬燵《こたつ》も、釜《かま》も、釜《かま》の下《した》なる火《ひ》も、果《はて》は虎杖《いたどり》の家《いへ》、お米《よね》さんの薄色《うすいろ》の袖《そで》、紫陽花《あぢさゐ》、紫《むらさき》の花《はな》も……お米《よね》さんの素足《すあし》さへ、きつぱりと見《み》えました。が、脈《みやく》を打《う》つて吹雪《ふゞき》が來《く》ると、呼吸《こきふ》は咽《むせ》んで、目《め》は盲《めしひ》のやうに成《な》るのでありました。
 最早《もはや
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