間《どま》で大釜《おほがま》の下《した》を焚《た》いて居《ゐ》ました。番頭《ばんとう》は帳場《ちやうば》に青《あを》い顏《かほ》をして居《ゐ》ました。が、無論《むろん》、自分《じぶん》たちが其《そ》の使《つかひ》に出《で》ようとは怪我《けが》にも言《い》はないのでありました。

        二

「何《ど》う成《な》るのだらう……とにかくこれは尋常事《たゞごと》ぢやない。」
 私《わたし》は幾度《いくたび》となく雪《ゆき》に轉《ころ》び、風《かぜ》に倒《たふ》れながら思《おも》つたのであります。
「天狗《てんぐ》の爲《な》す業《わざ》だ、――魔《ま》の業《わざ》だ。」
 何《なに》しろ可恐《おそろし》い大《おほき》な手《て》が、白《しろ》い指紋《しもん》の大渦《おほうづ》を卷《ま》いて居《ゐ》るのだと思《おも》ひました。
 いのちとりの吹雪《ふゞき》の中《なか》に――
 最後《さいご》に倒《たふ》れたのは一《ひと》つの雪《ゆき》の丘《をか》です。――然《さ》うは言《い》つても、小高《こだか》い場所《ばしよ》に雪《ゆき》が積《つも》つたのではありません、粉雪《こゆき》の吹溜《ふきだま》りがこんもりと積《つも》つたのを、哄《どつ》と吹《ふ》く風《かぜ》が根《ね》こそぎに其《そ》の吹《ふ》く方《はう》へ吹飛《ふきと》ばして運《はこ》ぶのであります。一《ひと》つ二《ふた》つの數《すう》ではない。波《なみ》の重《かさな》るやうな、幾《いく》つも幾《いく》つも、颯《さつ》と吹《ふ》いて、むら/\と位置《ゐち》を亂《みだ》して、八方《はつぱう》へ高《たか》く成《な》ります。
 私《わたし》は最《も》う、それまでに、幾度《いくたび》も其《そ》の渦《うづ》にくる/\と卷《ま》かれて、大《おほき》な水《みづ》の輪《わ》に、孑孑蟲《ぼうふらむし》が引《ひつ》くりかへるやうな形《かたち》で、取《と》つては投《な》げられ、掴《つか》んでは倒《たふ》され、捲《ま》き上《あ》げては倒《たふ》されました。
 私《わたし》は――白晝《はくちう》、北海《ほくかい》の荒波《あらなみ》の上《うへ》で起《おこ》る處《ところ》の此《こ》の吹雪《ふゞき》の渦《うづ》を見《み》た事《こと》があります。――一度《いちど》は、たとへば、敦賀灣《つるがわん》でありました――繪《ゑ》にかいた雨龍《あまりよう》のぐる/
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