つ》にさして、俯向《うつむ》いて居《ゐ》ました、濡《ぬ》れるやうに涙《なみだ》が出《で》ます。
 さつと言《い》ふ吹雪《ふゞき》であります。さつと吹《ふ》くあとを、ぐわうーと鳴《な》る。……次第《しだい》に家《いへ》ごと搖《ゆす》るほどに成《な》りましたのに、何《なん》と言《い》ふ寂寞《さびしさ》だか、あの、ひつそりと障子《しやうじ》の鳴《な》る音《おと》。カタ/\カタ、白《しろ》い魔《ま》が忍《しの》んで來《く》る、雪入道《ゆきにふだう》が透見《すきみ》する。カタ/\/\カタ、さーツ、さーツ、ぐわう/\と吹《ふ》くなかに――見《み》る/\うちに障子《しやうじ》の棧《さん》がパツ/\と白《しろ》く成《な》ります、雨戸《あまど》の隙《すき》へ鳥《とり》の嘴程《くちばしほど》吹込《ふきこ》む雪《ゆき》です。
「大雪《おほゆき》の降《ふ》る夜《よ》など、町《まち》の路《みち》が絶《た》えますと、三日《みつか》も四日《よつか》も私《わたし》一人《ひとり》――」
 三|年以前《ねんいぜん》に逢《あ》つた時《とき》、……お米《よね》さんが言《い》つたのです。
    ……………………
「路《みち》の絶《た》える。大雪《おほゆき》の夜《よ》。」
 お米《よね》さんが、あの虎杖《いたどり》の里《さと》の、此《こ》の吹雪《ふゞき》に……
「……唯《たゞ》一人《ひとり》。」――
 私《わたし》は決然《けつぜん》として、身《み》ごしらへをしたのであります。
「電報《でんぱう》を――」
 と言《い》つて、旅宿《りよしゆく》を出《で》ました。
 實《じつ》はなくなりました父《ちゝ》が、其《そ》の危篤《きとく》の時《とき》、東京《とうきやう》から歸《かへ》りますのに、(タダイマココマデキマシタ)と此《こ》の町《まち》から發信《はつしん》した……偶《ふ》とそれを口實《こうじつ》に――時間《じかん》は遲《おそ》くはありませんが、目口《めくち》もあかない、此《こ》の吹雪《ふゞき》に、何《なん》と言《い》つて外《そと》へ出《で》ようと、放火《つけび》か強盜《がうたう》、人殺《ひとごろし》に疑《うたが》はれはしまいかと危《あやぶ》むまでに、さんざん思《おも》ひ惑《まど》つたあとです。
 ころ柿《がき》のやうな髮《かみ》を結《ゆ》つた霜《しも》げた女中《ぢよちう》が、雜炊《ざふすゐ》でもするのでせう――土
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