》じない時分《じぶん》の事《こと》。……
「昨夜《さくや》は何方《どちら》でお泊《とま》り。」
「武生《たけふ》でございます。」
「蔦屋《つたや》ですな、綺麗《きれい》な娘《むすめ》さんが居《ゐ》ます。勿論《もちろん》、御覽《ごらん》でせう。」
 旅《たび》は道連《みちづれ》が、立場《たてば》でも、又《また》並木《なみき》でも、言《ことば》を掛合《かけあ》ふ中《うち》には、屹《きつ》と此《こ》の事《こと》がなければ納《をさ》まらなかつたほどであつたのです。
 往來《ゆきき》に馴《な》れて、幾度《いくたび》も蔦屋《つたや》の客《きやく》と成《な》つて、心得顏《こゝろえがほ》をしたものは、お米《よね》さんの事《こと》を渾名《あだな》して、むつの花《はな》、むつの花《はな》、と言《い》ひました。――色《いろ》と言《い》ひ、また雪《ゆき》の越路《こしぢ》の雪《ゆき》ほどに、世《よ》に知《し》られたと申《まを》す意味《いみ》ではないので――此《これ》は後言《くりごと》であつたのです。……不具《かたは》だと言《い》ふのです。六本指《ろつぽんゆび》、手《て》の小指《こゆび》が左《ひだり》に二《ふた》
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