の室《ま》に通《とほ》されました。
 時《とき》に、先客《せんきやく》が一人《ひとり》ありまして爐《ろ》の右《みぎ》に居《ゐ》ました。氣高《けだか》いばかり品《ひん》のいゝ年《とし》とつた尼《あま》さんです。失禮《しつれい》ながら、此《こ》の先客《せんきやく》は邪魔《じやま》でした。それがために、いとゞ拙《つたな》い口《くち》の、千《せん》の一《ひと》つも、何《なん》にも、ものが言《い》はれなかつたのであります。
「貴女《あなた》は煙草《たばこ》をあがりますか。」
 私《わたし》はお米《よね》さんが、其《そ》の筒袖《こひぐち》の優《やさ》しい手《て》で、煙管《きせる》を持《も》つのを視《み》て然《さ》う言《い》ひました。
 お米《よね》さんは、控《ひか》へて一寸《ちよつと》俯向《うつむ》きました。
「何事《なにごと》もわすれ草《ぐさ》と申《まを》しますな。」
 と尼《あま》さんが、能《のう》の面《めん》がものを言《い》ふやうに言《い》ひました。
「關《せき》さんは、今年《ことし》三十五にお成《な》りですか。」
 とお米《よね》さんが先《さき》へ數《かぞ》へて、私《わたし》の年《とし》を
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