も――此《これ》からさしかゝつて越《こ》えようとする峠路《たうげみち》で、屡々《しば/\》命《いのち》を殞《おと》したのでありますから、いづれ其《そ》の靈《れい》を祭《まつ》つたのであらう、と大空《おほぞら》の雲《くも》、重《かさな》る山《やま》、續《つゞ》く巓《いたゞき》、聳《そび》ゆる峰《みね》を見《み》るにつけて、凄《すさま》じき大濤《おほなみ》の雪《ゆき》の風情《ふぜい》を思《おも》ひながら、旅《たび》の心《こゝろ》も身《み》に沁《し》みて通過《とほりす》ぎました。
 畷道《なはてみち》少《すこ》しばかり、菜種《なたね》の畦《あぜ》を入《はひ》つた處《ところ》に、志《こゝろざ》す庵《いほり》が見《み》えました。侘《わび》しい一軒家《いつけんや》の平屋《ひらや》ですが、門《かど》のかゝりに何《なん》となく、むかしの状《さま》を偲《しの》ばせます、萱葺《かやぶき》の屋根《やね》ではありません。
 伸上《のびあが》る背戸《せど》に、柳《やなぎ》が霞《かす》んで、こゝにも細流《せゝらぎ》に山吹《やまぶき》の影《かげ》の映《うつ》るのが、繪《ゑ》に描《か》いた螢《ほたる》の光《ひかり》を
前へ 次へ
全28ページ中17ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング