てあけさせませう。また彼方此方《あつちこち》五六|軒《けん》立場茶屋《たてばぢやや》もござりますが、美《うつく》しい貴女《あなた》さま、唯《たつた》お一人《ひとり》、預《あづ》けまして、安心《あんしん》なは、此《こ》の外《ほか》にござりませぬ。武生《たけふ》の富藏《とみざう》が受合《うはあ》ひました、何《なん》にしろお泊《とま》んなすつて、今夜《こんや》の樣子《やうす》を御覽《ごらう》じまし。此《こ》の雪《ゆき》の止《や》むか止《や》まぬかが勝負《しようぶ》でござります。もし留《や》みませぬと、迚《とて》も路《みち》は通《つう》じません、降《ふり》やんでくれさへすれば、雪車《そり》の出《で》ます便宜《たより》もあります、御存《ごぞん》じでもありませうが、此《こ》の邊《へん》では、雪籠《ゆきごめ》といつて、山《やま》の中《なか》で一夜《いちや》の内《うち》に、不意《ふい》に雪《ゆき》に會《あ》ひますると、時節《じせつ》の來《く》るまで何方《どちら》へも出《で》られぬことになりますから、私《わたくし》は稼人《かせぎにん》、家《うち》に四五|人《にん》も抱《かゝ》へて居《を》ります、萬《まん》に一《ひと》つも、もし、然《さ》やうな目《め》に逢《あ》ひますると、媽々《かゝあ》や小兒《こども》が※[#「月+咢」、第3水準1−90−51]《あご》を釣《つ》らねばなりませぬで、此《こ》の上《うへ》お供《とも》は出來《でき》かねまする。お別《わか》れといたしまして、其處《そこ》らの茶店《ちやみせ》をあけさせて、茶碗酒《ちやわんざけ》をぎうとあふり、其《そ》の勢《いきほひ》で、暗雲《やみくも》に、とんぼを切《き》つて轉《ころ》げるまでも、今日《けふ》の内《うち》に麓《ふもと》まで歸《かへ》ります、とこれから雪《ゆき》の伏家《ふせや》を叩《たゝ》くと、老人夫婦《らうじんふうふ》が出迎《いでむか》へて、富藏《とみざう》に仔細《しさい》を聞《き》くと、お可哀相《かはいさう》のいひつゞけ。
行先《ゆくさき》が案《あん》じられて、我《われ》にもあらずしよんぼりと、門《と》に彳《たゝず》んで入《はひ》りもやらぬ、媚《なまめか》しい最明寺殿《さいみやうじどの》を、手《て》を採《と》つて招《せう》じ入《い》れて、舁据《かきす》ゑるやうに圍爐裏《ゐろり》の前《まへ》。
お前《まへ》まあ些《ちつ》と休《やす》んでと、深切《しんせつ》にほだされて、懷《なつか》しさうに民子《たみこ》がいふのを、いゝえ、さうしては居《を》られませぬ、お荷物《にもつ》は此處《こゝ》へ、もし御遠慮《ごゑんりよ》はござりませぬ、足《あし》を投出《なげだ》して、裾《すそ》の方《はう》からお温《ぬくも》りなされませ、忘《わす》れても無理《むり》な路《みち》はなされますな。それぢやとつさん頼《たの》んだぜ、婆《ばあ》さん、いたはつて上《あ》げてくんなせい。
富藏《とみざう》さんとやら、といつて、民子《たみこ》は思《おも》はず涙《なみだ》ぐむ。
へい、奧《おく》さま御機嫌《ごきげん》よう、へい、又《また》通《とほ》りがかりにも、お供《とも》の御病人《ごびやうにん》に氣《き》をつけます。あゝ、いかい難儀《なんぎ》をして、おいでなさるさきの旦那樣《だんなさま》も御大病《ごたいびやう》さうな、唯《たゞ》の時《とき》なら橋《はし》の上《うへ》も、欄干《らんかん》の方《はう》は避《よ》けてお通《とほ》りなさらうのに、おいたはしい。お天道樣《てんたうさま》、何分《なにぶん》お頼《たの》み申《まを》しますぜ、やあお天道樣《てんたうさま》といや降《ふ》ることは/\。
あとに頼《たの》むは老人夫婦《らうじんふうふ》、之《これ》が又《また》、補陀落山《ふだらくさん》から假《かり》にこゝへ、庵《いほり》を結《むす》んで、南無《なむ》大悲《だいひ》民子《たみこ》のために觀世音《くわんぜおん》。
其《そ》の情《なさけ》で、饑《う》ゑず、凍《こゞ》えず、然《しか》も安心《あんしん》して寢床《ねどこ》に入《はひ》ることが出來《でき》た。
佗《わび》しさは、食《た》べるものも、着《き》るものも、こゝに斷《ことわ》るまでもない、薄《うす》い蒲團《ふとん》も、眞心《まごころ》には暖《あたゝか》く、殊《こと》に些《ちと》は便《たよ》りにならうと、故《わざ》と佛間《ぶつま》の佛壇《ぶつだん》の前《まへ》に、枕《まくら》を置《お》いてくれたのである。
心靜《こゝろしづか》に枕《まくら》には就《つ》いたが、民子《たみこ》は何《ど》うして眠《ねむ》られよう、晝《ひる》の疲勞《つかれ》を覺《おぼ》ゆるにつけても、思《おも》ひ遣《や》らるゝ後《のち》の旅《たび》。
更《ふ》け行《ゆ》く閨《ねや》に聲《こゑ》もなく、凉《すゞ》しい目
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