これは獵師《れふし》も憐《あはれ》んで、生命《いのち》を取《と》らず、稗《ひえ》、粟《あは》を與《あた》へて養《やしな》ふ習《ならひ》と、仔細《しさい》を聞《き》けば、所謂《いわゆる》窮鳥《きうてう》懷《ふところ》に入《い》つたるもの。
翌日《あくるひ》も降《ふ》り止《や》まず、民子《たみこ》は心《こゝろ》も心《こゝろ》ならねど、神佛《かみほとけ》とも思《おも》はるゝ老《おい》の言《ことば》に逆《さか》らはず、二日《ふつか》三日《みつか》は宿《やど》を重《かさ》ねた。
其夜《そのよ》の雁《かり》も立去《たちさ》らず、餌《ゑ》にかはれた飼鳥《かひどり》のやう、よくなつき、分《わ》けて民子《たみこ》に慕《した》ひ寄《よ》つて、膳《ぜん》の傍《かたはら》に羽《はね》を休《やす》めるやうになると、はじめに生命《いのち》がけ恐《おそろ》しく思《おも》ひしだけ、可愛《かはい》さは一入《ひとしほ》なり。つれ/″\には名《な》を呼《よ》んで、翼《つばさ》を撫《な》でもし、膝《ひざ》に抱《だ》きもし、頬《ほゝ》もあて、夜《よる》は衾《ふすま》に懷《ふところ》を開《ひら》いて、暖《あたゝか》い玉《たま》の乳房《ちぶさ》の間《あひだ》に嘴《はし》を置《お》かせて、すや/\と寐《ね》ることさへあつたが、一夜《あるよ》、凄《すさま》じき寒威《かんい》を覺《おぼ》えた。あけると凍《い》てて雪車《そり》が出《で》る、直《すぐ》に發足《ほつそく》。
老人夫婦《らうじんふうふ》に別《わかれ》を告《つ》げつつ、民子《たみこ》は雁《かり》にも殘惜《のこりを》しいまで不便《ふびん》であつたなごりを惜《をし》んだ。
神《かみ》の使《つかひ》であつたらう、この鳥《とり》がないと、民子《たみこ》は夫《をつと》にも逢《あ》へず、其《そ》の看護《みとり》も出來《でき》ず、且《か》つやがて大尉《たいゐ》に昇進《しようしん》した少尉《せうゐ》の榮《さかえ》を見《み》ることもならず、與曾平《よそべい》の喜顏《よろこびがほ》にも、再會《さいくわい》することが出來《でき》なかつたのである。
民子《たみこ》をのせて出《で》た雪車《そり》は、路《みち》を辷《すべ》つて、十三|谷《や》といふ難所《なんしよ》を、大切《たいせつ》な客《きやく》ばかりを千尋《ちひろ》の谷底《たにそこ》へ振《ふ》り落《おと》した、雪《ゆき》ゆゑ
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