怪我《けが》はなかつたが、落込《おちこ》んだのは炭燒《すみやき》の小屋《こや》の中《なか》。
五助《ごすけ》。
權九郎《ごんくらう》。
といふ、兩名《りやうめい》の炭燒《すみやき》が、同一《おなじ》雪籠《ゆきごめ》に會《あ》つて封《ふう》じ込《こ》められたやうになり、二日《ふつか》三日《みつか》は貯蓄《たくはへ》もあつたが、四日目《よつかめ》から、粟《あは》一粒《ひとつぶ》も口《くち》にしないで、熊《くま》の如《ごと》き荒漢等《あらをのこら》、山狗《やまいぬ》かとばかり痩《や》せ衰《おとろ》へ、目《め》を光《ひか》らせて、舌《した》を噛《か》んで、背中合《せなかあは》せに倒《たふ》れたまゝ、唸《うめ》く聲《こゑ》さへ幽《かすか》な處《ところ》、何《なに》、人間《にんげん》なりとて容赦《ようしや》すべき。
帶《おび》を解《と》き、衣《きぬ》を剥《は》ぎ、板戸《いたど》の上《うへ》に縛《いまし》めた、其《そ》のありさまは、こゝに謂《い》ふまい。立處《たちどころ》其《そ》の手足《てあし》を炙《あぶ》るべく、炎々《えん/\》たる炭火《すみび》を熾《おこ》して、やがて、猛獸《まうじう》を拒《ふせ》ぐ用意《ようい》の、山刀《やまがたな》と斧《をの》を揮《ふる》つて、あはや、其《その》胸《むね》を開《ひら》かむとなしたる處《ところ》へ、神《かみ》の御手《みて》の翼《つばさ》を擴《ひろ》げて、其《その》膝《ひざ》、其《その》手《て》、其《その》肩《かた》、其《その》脛《はぎ》、狂《くる》ひまつはり、搦《から》まつて、民子《たみこ》の膚《はだ》を蔽《おほ》うたのは、鳥《とり》ながらも心《こゝろ》ありけむ、民子《たみこ》の雪車《そり》のあとを慕《した》うて、大空《おほぞら》を渡《わた》つて來《き》た雁《かり》であつた。
瞬《またゝ》く間《ま》に、雁《かり》は炭燒《すみやき》に屠《ほふ》られたが、民子《たみこ》は微傷《かすりきず》も受《う》けないで、完《まつた》き璧《たま》の泰《やす》らかに雪《ゆき》の膚《はだへ》は繩《なは》から拔《ぬ》けた。
渠等《かれら》は敢《あへ》て鬼《おに》ではない、食《じき》を得《え》たれば人心地《ひとごこち》になつて、恰《あたか》も可《よ》し、谷間《たにあひ》から、いたはつて、負《おぶ》つて世《よ》に出《で》た。
底本:「鏡花全集 卷六」岩
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