り立ちぬ。高津は見るより、
「あら、まだそんなことをなすッちゃいけません。いけませんよ。」
 と呼び懸けながら慌《あわただ》しく追い行《ゆ》きたる、あとよりして予は出でぬ。
 木戸の際にて見たる時ミリヤアドは呼吸忙《いきせわ》しくたゆげなる片手をば、垂れて高津の肩に懸け、頭《こうべ》を少し傾けいたりき。

     石段

「いいめをみせたんですよ、だからいけなかったんです。あの当時しばらくはどういうものでしょう、それはね、ほんとに嘘のように元気がよくおなんなすッて、肺病なんてものは何でもないものだ。こんなわけのないものはないッてっちゃ、室《へや》の中を駈《か》けてお歩行《ある》きなさるじゃありませんか。そうしちゃあね、(高津さん、歌をうたッて聞かせよう)ッてあの(なざれの歌)をね、人の厭《いや》がるものをつかまえてお唄いなさるの。唄っちゃ(ああ、こんなじゃ洋琴《オルガン》も役に立たない、)ッて寂《さみ》しい笑顔をなさるとすぐ、呼吸《いき》が苦しくなッて、顔へ血がのぼッて来るのだから、そんなことなすッちゃいけませんてッて、いつでも寝さしたんですよ。
 しかしね、こんな塩梅《あんばい》な
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