杉さん。」
名を揚げよというなり。家を起せというなり。富の市を憎みて殺さむと思うことなかれというなり。ともすれば自殺せむと思うことなかれというなり。詮ずれば秀《ひで》を忘れよというなり。その事をば、母上の御名《おんな》にかけて誓えよと、常にミリヤアドのいえるなりき。
予は黙してうつむきぬ。
「何もね、いまといっていま、あなたに迫るんじゃありません。どうぞ悪く思わないで下さいまし、しかしお考えなすッてね。」
また顔見たり。
折から咳入《せきい》る声聞ゆ。高津は目くばせして奥にゆきぬ。
ややありて、
「じゃ、お逢い遊ばせ、上杉さんですよ、可《よ》うござんすか。」
という声しき。
「新さん。」
と聞えたれば馳《は》せゆきぬ。と見れば次の室《ま》は片付きて、畳に塵《ちり》なく、床花瓶《とこはないけ》に菊一輪、いつさしすてしか凋《しお》れたり。
東枕
襖《ふすま》左右に開きたれば、厚衾《あつぶすま》重ねたる見ゆ。東に向けて臥床《ふしど》設けし、枕頭《まくらもと》なる皿のなかに、蜜柑《みかん》と熟したる葡萄《ぶどう》と装《も》りたり。枕をば高くしつ。病める人は頭《かし
前へ
次へ
全20ページ中13ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング