。え、千ちゃん、まあ何でも可《い》いから、お前様ひとつ何とかいって、内の御新造様を返して下さい。裏店《うらだな》の媽々《かか》が飛出したって、お附合五六軒は、おや、とばかりで騒ぐわねえ。千ちゃん、何だってお前様、殿様のお城か、内のお邸《やしき》かという家の若御新造が、この間の御遊山から、直ぐにどこへいらっしゃったかお帰りがない、お行方が知れないというのじゃアありませんか。
 ぱッとしたら国中の騒動になりますわ。お出入《でいり》が八方に飛出すばかりでも、二千や三千の提灯《ちょうちん》は駈《か》けまわろうというもんです。まあ察しても御覧なさい。
 これが下々《したじた》のものならばさ、片膚脱《かたはだぬぎ》の出刃庖丁の向う顧巻《はちまき》か何かで、阿魔《あま》! とばかりで飛出す訳じゃアあるんだけれど、何しろねえ、御身分が御身分だから、実は大きな声を出すことも出来ないで、旦那様《だんなさま》は、蒼《あお》くなっていらっしゃるんだわ。
 今朝のこッたね、不断|一八《いっぱち》に茶の湯のお合手にいらっしゃった、山のお前様、尼様の、清心様がね、あの方はね、平時《いつも》はお前様、八十にもなってい
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