てさ、山から下駄穿《げたばき》でしゃんしゃんと下りていらっしゃるのに、不思議と草鞋穿《わらじばき》で、饅頭笠《まんじゅうがさ》か何かで遣《や》って見えてさ、まあ、こうだわ。
(御宅の御新造|様《さん》は、私《わし》ン処《とこ》に居ますで案じさっしゃるな、したがな、また旧《もと》なりにお前の処へは来ないからそう思わっしゃいよ。)
 と好《すき》なことをいって、草鞋も脱がないで、さっさっ去《い》っておしまいなすったじゃないか。
 さあ騒ぐまいか。あっちこち聞きあわせると、あの尼様はこの四五日《しごんち》前から方々の帰依者《きえしゃ》ン家《とこ》をずっと廻って、一々、
(私《わし》はちっと思い立つことがあって行脚《あんぎゃ》に出ます。しばらく逢わぬでお暇乞《いとまごい》じゃ。そして言っておくが、皆の衆決して私《わし》が留守へ行って、戸をあけることはなりませぬぞ。)
 と、そういっておあるきなすッたそうさね、そして肝心のお邸を、一番あとまわしだろうじゃあないかえ、これも酷《ひど》いわね。」

       三

「うっちゃっちゃあおかれない、いえ、おかれないどころじゃあない。直ぐお迎いをという
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