喉《のんど》渇くに、爺にもとめて山の井の水飲みたりし、その冷《ひやや》かさおもい出でつ。さる時の我といまの我と、月を隔つる思いあり。青き袷《あわせ》に黒き帯して瘠《や》せたるわが姿つくづくと※[#「目+句」、第4水準2−81−91]《みまわ》しながら寂《さみ》しき山に腰掛けたる、何人《なにびと》もかかる状《さま》は、やがて皆|孤児《みなしご》になるべき兆《きざし》なり。
 小笹ざわざわと音したれば、ふと頭《かしら》を擡《もた》げて見ぬ。
 やや光の増し来《きた》れる半輪の月を背に、黒き姿して薪《たきぎ》をば小脇にかかえ、崖《がけ》よりぬッくと出でて、薄原《すすきはら》に顕《あらわ》れしは、まためぐりあいたるよ、かの山番の爺なりき。
「まだ帰らっしゃらねえの。おお、薄ら寒くなりおった。」
 と呟《つぶや》くがごとくにいいて、かかる時、かかる出会の度々なれば、わざとには近寄らで離れたるままに横ぎりて爺は去りたり。
「千ちゃん。」
「え。」
 予は驚きて顧《みかえ》りぬ。振返れば女居たり。
「こんな処に一人で居るの。」
 といいかけてまず微笑《ほほえ》みぬ。年紀《とし》は三十《みそじ》に近か
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